修験道 実践道場
芳山 一佛堂
芳山 一佛堂
金峯山流護摩道場
最新情報
(法要・体験修行など)
大峯奥駈修行
参加者募集
一佛堂では、修験道の最奥の修行とされる大峯奥駈修行を、前半と後半の2回にわけて行います。前半行程は吉野山から前鬼山までの6月25日から4泊5日、後半行程は前鬼山から熊野本宮までの7月26日から5泊6日です。前半行程は、男性のみで行いますので女性の参加はご遠慮いただきます。多くの皆さんの応募をお待ちしております。
但し、前半、後半両行程ともに、体力に自信のある方に限らせていただきます。お申し込みをいただいても、お断りすることがありますので、予めご了承ください。
役行者神變大菩薩
役行者は、修験道の開祖と仰がれる方です。役行者(以下「ご開祖」)は今から1400年近く前の舒明天皇の第六年の正月元旦に、大和国葛木上郡茅原の里(現在の奈良県御所市茅原)にお生まれになったと伝えられています。正式には、賀茂役君小角(かものえんのきみおずぬ)というお名前です。幼少の頃から英邁利発で、神童と賞賛されるような子供で、当時の荒んだ世相を慨嘆されて、葛城山に入って修行し、天下泰平・万民安楽を祈られたとのことです。その後、全国の山々を開山された後に、熊野から吉野に向かって大峰山脈を三十三度往復する修行をされて、最後に山上が岳頂上で、蔵王権現を感得し、修験道を開創されました。
以上は、ご開祖にまつわる伝説の一部です。
では、史実としてのご開祖の実像を示す文献は、といいますと、「続日本紀」の中にわずかに出ているだけなのです。
「続日本紀」文武天皇三年(六九九)五月二十四日の条
役君小角伊豆島ニ流サル。初メ小角葛木山ニ住シ呪術ヲ以テ外ニ称サル、従五位下韓国連廣足初メ師ト為ス、後其ノ能ヲ害イ、讒スルニ妖惑ヲ以テス。故ニ遠処ニ配ス、世ノ相伝ニ言ク、小角能ク鬼神ヲ役使シ、水ヲ汲ミ薪ヲ採セ、若シ命ヲ用イザレバ即チ呪ヲ以テ之ヲ縛ス。
以上のわずかな文章ですが、我が国の正史である続日本紀に出ており、ご開祖が実在の人物であったことを証明しています。逆に言えば、これ以外には、ご開祖の実像を垣間見る資料は他にありません。ご開祖にまつわる様々なお話しは、全て後世の人々によって創作されたもので、ご開祖は伝承にの中に生きておられると言っても良いのではないでしょうか。
とはいえ、修験を志す我々にとりましては、役行者といわれる方は、紛れもなく我々のご開祖であり、高祖あるいは祖師と仰ぐお方なのです。朝に夕に礼拝し、その遺徳に靡かせていただきたいと願っています。江戸時代後期の光格天皇様はその遺徳に感じられて、ご開祖に神變大菩薩の諡号を贈られました。
ご開祖は、他宗の祖師のように教えを説く文章を何ら残されてはいません。ただ一つ、遺訓だと伝えられているのが
身の苦をもって心乱れざれば、証果自ずから至る
という言葉です。どのような逆境や苦難が訪れようとも、それに心を乱されず平静を保つことができるようならば、真の境涯(悟り)に自然と到達できるということなのでしょう。大変難しいことですが、この遺訓に沿えるように努めることが修験を志す者の生き様の大きな要素の一つなのです。
そのようなご開祖役行者のご命日といわれる日が六月七日です。私たちにとりましては、ご開祖のご遺徳を偲び、日々のご加護に感謝する一日なのです。
令和8年6月
芳山一佛堂住職
修験道のことば辞典
修験道
金剛蔵王大権現
役行者神変大菩薩
止観
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